イヤホンを何個なくしたかわからない。
財布は10回以上なくした。免許証は3回再発行した。携帯もよく落とした。
高校受験では必要書類を忘れまくって、先生に車でこっそり家まで送ってもらったこともある。出張のたびにネクタイやワックスを忘れ、現地で買い直すことが日常だった。
そのたびに、自分を責めた。「なんで自分だけこうなんだ」「気をつければできるはずなのに」と。
でも気をつけてもできなかった。それには理由があった。
「もしかして自分、ADHDかも」
そう思ったことは、正直ずっとあった。でも向き合わなかった。判別する手段がわからない。精神科やメンタルクリニックには、なんとなく行きたくない。そんなに困っているわけでもない。そうやって、ずっと後回しにしてきた。
この記事は、同じように「なんとなく気づいてはいるけど、向き合ってこなかった」人に向けて書く。
考えるカエル
私が「ADHDかも」と本格的に向き合い始めたのは、朝起きられない記事を書いた後のことだ。タイムブラインドネスのことを調べていて、「あ、これ全部自分のことだ」と思った。
ADHDって、何? ── まず基本を整理する
ADHDは「発達障害」の一種
ADHD(注意欠如・多動症)は、生まれつきの脳機能の偏りによって起こる発達障害の一つだ。
主な特性は3つ。「不注意」「多動性」「衝動性」。これらが日常生活や仕事に支障をきたす状態を指す。
重要なのは、これは意志の弱さでも性格の問題でもないということだ。脳の神経伝達物質(ドーパミン・ノルアドレナリン)のバランスの問題であり、生まれつきの特性だ。
大人の2〜5%がADHDという現実
ADHDというと子どもの病気というイメージがあるかもしれない。でも大人の2〜5%がADHDの診断基準に当てはまるとされており、成人のADHD患者は決して珍しくない。
子どものころは症状が軽かったり、周囲のフォローでカバーされていたりして気づかないまま大人になるケースが多い。約60%のADHD患者が成人期まで症状を持続させているという研究データもある。就職・転職・結婚など環境が複雑になったことで対処しきれなくなり、初めて自分の特性に気づくケースが増えている。
ADHDの3つのタイプ
不注意が中心の「不注意優勢型」、多動・衝動性が中心の「多動・衝動優勢型」、両方が混在する「混合型」の3つがある。
大人になると多動性・衝動性は目立たなくなることが多い。一方で不注意の特性は大人になっても表れやすく、仕事や日常生活に影響し続ける。
二次障害に注意
ADHDを持つ大人の約70%が、うつ病や不安障害などの二次障害を経験するという研究データがある。「周囲に理解されない」「努力しても成果が出ない」という経験が重なることで自己肯定感が低下し、うつや適応障害につながりやすい。
「なんとなく生きづらい」と感じている場合、その背景にADHDの特性が隠れていることがある。
考えるカエル
「発達障害」という言葉のイメージから、自分には関係ないと思っていた時期がある。でも症状を読んでいくと、「あれも、これも、全部そうだ」となった。
私の場合、こんな形で現れていた
ADHDの特性は人によって違う。私の場合、こういう形で出ていた。
忘れ物・なくし物が異常に多い
財布10回以上、免許3回再発行、イヤホンは何個買い替えたかわからない。気をつけても変わらなかった。
これはワーキングメモリ(作業記憶)の問題だ。ADHDの人は脳が「次にやること」を保持しておく機能が弱いため、物を置いた場所や持ち物をそもそも記憶できないことがある。努力や注意力の問題ではなく、脳の仕組みの問題だ。
時間感覚がなく、遅刻か超早着かのどちらか
集合時間に間に合わないか、逆に異常に余裕を持って到着するかのどちらか。その間、何度も時計を見ている。
これが「タイムブラインドネス(時間盲)」だ。時間の経過を感覚的に把握するのが苦手なため、「あと10分ある」と思っていたら実は30分経っていた、という状況が日常的に起こる。
場にそぐわない発言で人間関係が途切れる
衝動的に思ったことをそのまま口に出してしまう。場の空気を読む間もなく言葉が出てくる。後から「あれは言わなければよかった」と気づくが、その瞬間は止められない。
人間関係が途切れた原因の多くがこれだったと、今になって振り返れる。
くだらないことは鮮明に覚えているのに、重要なことは忘れる
昔の友達のどうでもいい一言は昨日のように覚えているのに、仕事の締め切りや大事な約束は忘れる。
ADHDの記憶の仕組みは、重要度ではなく「感情的な印象の強さ」で記憶の定着が決まりやすい。くだらなくても印象的だった出来事は鮮明に残り、重要でも感情が動かなかった情報は消えていく。
好きなことには何時間でも没頭できる一方で、興味のない仕事は手につかない
好きなことには何時間でも集中できる。でも興味のない仕事は手につかず、そのまま家に帰ってしまったこともある。残業ができない。
これはADHDの「過集中」という特性だ。集中力がないのではなく、集中力のオン・オフが自分でコントロールできないのだ。
ADHDの「強み」の話をしよう
ここが大事だ。ADHDは困りごとだけじゃない。特性の裏側には、明確な強みがある。
研究データが示す「ADHD×起業家」の相関
カリフォルニア大学の調査によると、起業家の約29%がADHDを持つという結果が出ている。一般集団では5%程度とされるため、起業家の中にADHDの人が際立って多いことがわかる。
大阪経済大学の江島由裕教授はADHDと起業の関係を研究し、「ADHDの特性である多動性と衝動性は、起業プロセスに欠かせない重要な要素の一つ」と結論づけている。リスクを恐れず突き進む力、常に新しいことを求める好奇心、ゼロから何かを生み出す衝動。これらはビジネスの世界では明確な武器になる。
三木谷浩史(楽天グループ)、似鳥昭雄(ニトリ会長)がADHDの経営者として知られており、多動・不注意・衝動性で苦労しながらも新事業に果敢に挑戦して成功を収めた例として語られている。
困りごとが裏返ると、こんな強みになる
ADHDの特性は、環境次第で大きな強みに変わる。
| 困りごと | 裏返した強み |
|---|---|
| 落ち着きがない・じっとできない | 行動力・スピード感・フットワークの軽さ |
| 衝動的に動いてしまう | 決断力・初動の速さ・リスクへの柔軟性 |
| 細かいことが苦手 | 大局を見る力・本質をつかむセンス |
| 過集中する | 好きな分野での圧倒的な集中力・専門性 |
| 飽きやすく次々と興味が移る | 多様な経験・分野横断的な発想力 |
| 人の印象に残る言動をする | 魅力的なキャラクター・人を惹きつける力 |
「人からの印象がいい」「すぐ友達ができる」という特性
私自身が実感していることでもある。細かいことは苦手でも、人との距離の縮め方は早い。場が和む発言ができる。すぐに友達ができる。
ADHDの特性である衝動性・好奇心・エネルギッシュさは、人間関係においては「明るい・面白い・一緒にいると楽しい」という印象につながりやすい。
考えるカエル
「なんで自分だけできないんだ」と思い続けてきた。でも、できることとできないことの差が激しいのが特性の一つだとわかってから、少し自分を許せるようになった。強みと弱みは、同じ特性の裏表だった。
「なんとなく気づいていたけど向き合わなかった」理由
これは多くの人が経験することだと思う。
昔からADHDかもと思っていた。でも向き合ってこなかった。判別する手段がわからない。精神科やメンタルクリニックにはなんとなく行きたくない。そんなに困っているわけでもない。診断がついて何か変わるのが怖い。
でも一つだけ伝えたいことがある。
診断は、レッテル貼りじゃない。自分を知るための地図だ。
地図があれば、次にどこへ進めばいいかがわかる。地図がなければ、同じところをぐるぐるし続ける。
精神科・メンタルクリニックへの「なんとなく行きたくない」感覚について
これは正直な話として、よくわかる。
でも実際に行ってみると、普通のクリニックだ。待合室に座って、問診票を書いて、医師と話す。それだけだ。恐ろしいことは何も起きない。
むしろ「こんなに早く来ればよかった」と思う人の方が多い。
私が受けたテスト:AQとCAARSについて
通院中のメンタルクリニックで、「ADHDではないかと思うことがある」と自分から医師に伝えたことで、2つのテストを受けることになった。
医師によっては、患者に余分な負担をかけないように診断名を明示しないこともある。気になるなら自分から切り出すことが大事だ。
AQ(自閉症スペクトラム指数)33点
AQは、ASD(自閉スペクトラム症)の傾向を測るための心理検査だ。50問からなり、33点以上でASD傾向ありとされる。私のスコアは33点、ちょうどカットオフ値だった。
ASDとADHDは合併することが多く、どちらが優位かを確認するためにAQが使われることがある。33点という結果は、ASD傾向がゼロではないということを示している。
CAARS(カーズ)トータル85点
CAARSは、成人ADHDの症状の重症度を把握するための評価尺度だ。ADHD分野で30年以上の臨床経験を持つコナーズ博士によって開発された、国際的に信頼性が高い尺度だ。注意不足・記憶の問題、多動性・落ち着きのなさ、衝動性・情緒不安定、自己概念の問題など複数の側面から評価する。
ADHDの診断自体は、これらのテストだけでなく、問診・生育歴・日常生活への影響など総合的な判断によって行われる。テストはあくまでその一部だ。
※ ADHDの診断は専門の医師のみが行えます。テストの結果だけで自己診断することは適切ではありません。気になる方は精神科・心療内科を受診してください。
もしかしてと思ったら:受診までの具体的な流れ
まずセルフチェックをやってみる
受診前に、自分の状態を整理するためのセルフチェックツールがある。
ASRS-v1.1(成人期ADHD自己記入式症状チェックリスト)
WHO(世界保健機関)とハーバード大学・ニューヨーク大学の研究者グループが共同開発した、世界中の医療機関で広く活用されているスクリーニングツールだ。18問のチェックリストで、パートAの6問がADHDを最も鋭敏に予測できるとされている。
→ 武田薬品「大人の発達障害ナビ」から無料で受けられる
https://www.otona-hattatsu-navi.jp/self-check/adhd/
これはあくまでスクリーニングツールであり、診断ではない。でも受診前に自分の状態を言語化しておくと、医師への説明がスムーズになる。印刷して持参することもできる。
何科に行けばいい?
精神科または心療内科を受診する。最近は「大人の発達障害外来」を設けているクリニックも増えており、そういった専門外来があれば、より精度の高い診断が期待できる。
注意点がある。すべての精神科・心療内科がADHDの診断に対応しているわけではない。予約前に「大人のADHDの診断に対応していますか」と電話で確認しておくと安心だ。
初診で何を聞かれるか
初診では、現在の症状・生活上の困りごと・これまでの経緯を詳しく聞かれる。幼少期からの発達歴も重要な情報になるため、「子どものころから忘れ物が多かった」「授業中に落ち着かなかった」などの具体的なエピソードを思い出しておくといい。
診断がつくまでには通常複数回の受診が必要だ。費用の目安として、診断までの全受診で総額1万円程度(保険適用時)というクリニックもある。検査の種類や医療機関によって異なるため、事前に確認するといい。
診断を受けることへの不安について
「診断がつくと何か変わってしまうのでは」という不安を持つ人は多い。
でも診断は、自分の特性を正確に知るための地図だ。「なんでできないんだ」という自己否定のループから抜け出し、「この特性があるから、こういう工夫が必要だ」という具体的な対処法を見つけるための入口になる。
考えるカエル
診断を受けることが怖い気持ちはわかる。でも知らないままでいる方が、ずっとしんどい。地図があれば、次に進める。
ADHDと診断されたら、どうなる?
薬物療法という選択肢
ADHDの治療薬として、コンサータ(メチルフェニデート)やストラテラ(アトモキセチン)、インチュニブなどが使われる。不注意や衝動性を軽減する効果がある。ただし薬は特性を「治す」ものではなく、日常生活の困りごとを和らげるためのものだ。服用するかどうかは医師と相談して決める。
※ 薬の使用については必ず医師の指示に従ってください。自己判断での服用・中断は危険な場合があります。
環境の調整と合理的配慮
職場での指示をメモで補足してもらう、ダブルチェックの仕組みを作る、タスク管理ツールを活用するなど、環境を整えることで困りごとが大幅に減ることがある。
障害者手帳を取得することで、障害者雇用枠での就労や合理的配慮を制度として受けられる選択肢も生まれる。
自分の「勝ちパターン」を見つける
特性を知ることで、自分に合った働き方が見えてくる。苦手な細かい事務作業より、発想力や行動力が活きる仕事の方が向いているかもしれない。「苦手を克服する」より「強みを活かせる場所に移動する」という発想が、ADHDとの付き合いには有効なことが多い。
なお、ADHDとASDのセルフケアについては、このサイトで別記事として詳しく紹介する予定だ。
まとめ|「できない自分」じゃなく「特性のある自分」を知る
財布を10回なくしても、免許を3回再発行しても、それはあなたが「ダメな人間」だからじゃない。
脳の特性が、そういう形で現れているだけだ。
そしてその特性は、裏返せば明確な強みになる。起業家の約29%がADHDというデータが示すように、この特性は適切な環境では武器になる。
「もしかして」と思ったら、まずセルフチェックをやってみてほしい。そして気になるなら、精神科か心療内科に相談してみてほしい。
知ることは、怖くない。知らないままでいる方が、ずっとしんどい。
考えるカエル
朝起きられない記事から、気づいたらここまで来ていた。特性を知ることで、「ダメな自分」じゃなく「特性のある自分」として生きられるようになった。それだけで、かなり楽になった。
→ 朝起きられないとADHDの関係については、こちらの記事も読んでみてほしい。
朝起きられないのは、甘えじゃない。
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今、心や体のことで誰かに話を聞いてほしいなら、相談窓口も見てみてください。一人で抱え込まなくていい。



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