適応障害で休職して、数日が経った。
最初は「やっと休める」という安堵があった。でも数日も経つと、今度は別のしんどさが来た。家にいると、仕事のことが頭から離れない。スマホを開けば職場のグループチャット。窓の外を見れば、普通に出勤している人たち。「自分は何をしているんだろう」という感覚が、静かに積み上がっていく。
そんなとき、ふと思う。「旅行、行けないかな」と。
でもすぐに打ち消す。「療養中なのに旅行なんて、おかしいよな」「会社にバレたら怒られる」「傷病手当金もらいながら旅行はずるいんじゃないか」——そういう考えが追いかけてくる。
ここだけの話、私は休職中に旅行へ行った。
正直に言う。最初はものすごく迷った。でも行ってよかったと思っている。今回は、その体験も含めて、休職中の旅行について法律のこと・心理的な効果・やってはいけないことまで、全部まとめて書く。
最初に答えを言う。「基本的には問題ない」
結論から言う。休職中の旅行は、基本的には問題ない。
ただしこれは「何をやっても大丈夫」ではなく、「適切にやれば問題にならない」という意味だ。その両方をきちんと説明する。
法律的にはどうなのか。弁護士の見解と実際の裁判例
まず「法的にNGなのか」という不安から片づける。
結論:休職中の旅行を直接禁止した法律は存在しない。
弁護士や社労士の見解として共通して出てくるのは、「限度を超えたものでない限り、休職期間中に旅行や外出をしたとしても、これを理由とした懲戒処分を行うことは難しい」という判断だ。
その根拠はこうだ。休職とは「労働者の労働義務を免除するもの」であり、それを理由に「私生活の自由を厳しく制限することはできない」とされている。つまり会社はあなたに「仕事をしなくていい」と言っているだけであって、「旅行もするな」とは言っていない、ということになる。
実際の裁判所の判断
これは感覚論ではなく、実際に裁判で争われた話だ。
東京地裁のある判決では、うつ病・不安障害で休職中の従業員が、オートバイで外出したり、ゲームセンターや場外馬券売場に行ったり、飲酒や会合に出席したり、宿泊を伴う旅行をしたりしていたことが「療養専念義務違反」として会社から主張された。
裁判所の判断はこうだ。「うつ病や不安障害といった病気の性質上、健常人と同様の日常生活を送ることは不可能ではないばかりか、これが療養に資することもあると考えられていることは広く知られている」として、これらの行動を特段問題視することはできないと判断している。
つまり「体調不良なのに旅行できるなら仮病だろう」という論理は、裁判所でも通用しなかった。
ただし、就業規則は確認しておく
「法律的にはOK」と「あなたの会社でOK」は別の話だ。
就業規則に「休職中は治療に専念すること」「長期外泊は届け出ること」のような規定がある会社もある。こうした規定がある場合、それに従う必要がある。確認ポイントはシンプルで、就業規則を開いて「休職」「療養」の項目を読むだけでいい。
考えるカエル
私は行く前に就業規則をこっそり確認した。「治療に専念すること」という記述はあったが、旅行そのものを禁止する文言はなかった。一応確認しておいたことで、余計な不安なく行けた気がする。
「傷病手当金をもらいながら旅行はずるいのか」問題
ここが一番気になる人が多いと思う。正直に向き合う。
傷病手当金は「労務不能な状態」に対して支給される制度だ。健康保険に加入している会社員が、病気やケガで働けない状態になったとき、休職前の給与のおよそ3分の2を最長1年6ヶ月受け取れる。「旅行に行けるなら労務可能なんじゃないか」という疑問は、気持ちとしてわかる。
でもここに大事な前提がある。
「労務不能」と「外出できない」は、まったく別のことだ。
適応障害やうつ病で「会社で仕事をすること」が困難な状態であっても、ゆっくりした旅行程度なら体が動くことは十分にある。むしろその状態——「会社には行けないが、短距離なら出かけられる」——は、療養の途中にある自然な回復過程だ。
産業医の視点からも「旅行が転地療養として回復を促す場合がある」という見解が示されている。医師が「転地療養を勧める」ケースも実際に存在する。
ただし一点だけ注意がある。旅行中に「楽しそうな自分」の写真をSNSに投稿して、それが会社や健康保険組合に届いた場合、「本当に労務不能なのか」という確認が入る可能性はゼロではない。確認が入ること自体は問題ないが、その対応が面倒になる。詳しくは後述する。
旅行が心にもたらす効果。データで見る
「旅行なんてただの気晴らし」と思うかもしれない。でもこれ、ちゃんと研究がある。
メンタルヘルスツーリズムという概念
日常と違う場所に身を置くことで心身を回復させる考え方を「転地療養」という。これは昔から医療の世界で使われてきた概念で、現代では「メンタルヘルスツーリズム」として学術的な研究が進んでいる。
立教大学現代心理学部の小口孝司教授は、短期旅行がメンタルヘルスに与える影響を長年研究している。研究では、旅行による効果は「疲労感が高い人ほど大きく出る」ことが示されている。これは、日常のストレスで消耗しきっている状態——まさに休職中の状態——にある人に、旅行の効果が出やすいということだ。
中小企業職員を対象にした研究(川久保・小口, 2015)でも、短期旅行後にストレス値が有意に低下し、主観的な幸福感が向上することが確認されている。
ストレスホルモンが下がる
日常のストレス源——職場・家・通知・人間関係——から物理的に離れることで、ストレスホルモンであるコルチゾールの値が低下することが複数の研究で報告されている。
休職中に家にいると、仕事のことを考えようとしなくても考えてしまう。スマホの通知、カレンダーに残った予定、いつもの天気予報——全部が日常のアンカーになって、頭を引き戻してくる。知らない場所にいると、そのアンカーがなくなる。「仕事のことを考えようとしても、考えられない」という状態が自然に作れる。
考えるカエル
休職中に家にいたとき、午後2時になると決まって「今ごろ会社はどうしてるんだろう」と思っていた。でも旅先では、そういうことを考えなかった。目の前の景色や、次に何を食べるかのことを考えていた。その感覚が、ものすごく久しぶりだった。
セロトニンが回復する
旅行中は、知らない街を歩いたり、景色を眺めたりする時間が増える。適度な運動とリズム運動はセロトニン神経を刺激し、セロトニンの分泌を促す。
セロトニンは別名「幸せホルモン」と呼ばれ、精神の安定に深く関わる神経伝達物質だ。適応障害やうつ状態ではセロトニンが不足しがちになる。旅行中に自然と体を動かすことが、その回復を助ける可能性がある。
「自分らしさ」が戻ってくる
ある研究では、職場や家などの日常的なストレス源から距離を置くことで「自分らしさを取り戻すことができる」とされている。また、旅先での静かな時間が内省のきっかけになり、「自分は本当は何をしたいのか」「なぜこんなに消耗していたのか」という問いに自然と向き合えることも報告されている。
休職中は「自分がダメな人間なんじゃないか」という感覚に押しつぶされやすい。旅先で「ああ、自分はこういうものが好きだったんだ」「こういうときに気持ちが楽になるんだ」と感じる瞬間は、回復にとってものすごく大事だと思う。
旅行の「期待」だけでも効果がある
ある調査では、「旅行の予定があるだけで幸せな気分になる」と答えた人が62%に上ったというデータもある。実際に行く前でも、計画を立てる段階から、気持ちが少し前向きになれることがある。「いつか行きたい場所」を調べるだけでも、それは今日の小さな楽しみになる。
旅行が逆効果になるケースも正直に言う
「旅行すれば回復する」という話ではない。逆に負担になることもある。正直に書く。
急性期には向かない
休職してすぐの急性期、一番しんどい時期に無理に旅行へ行こうとすると、移動の疲れや環境の変化がかえって体への負担になることがある。見知らぬ場所でのイレギュラーな出来事——電車の遅延、予約ミス、騒音——は、普段は気にならなくても、消耗した状態では想像以上にエネルギーを使う。
旅行は「少し動けるようになってきた」タイミングでするものだと思う。「旅行に行きたい」と思えること自体が、回復のひとつのサインかもしれない。
旅先で孤独になるケースがある
知らない場所でひとりになって、周りの楽しそうな人たちを見て、「自分は何をしているんだろう」と落ち込むことがある。特に、観光地の賑やかな場所に行くと、自分と周りのギャップが強調されて、孤独感が増すことがある。
旅先の選び方は大事で、賑やかな観光地よりも、自然の多い静かな場所の方が心に向いていることが多い。研究でも、水辺や森など自然の環境がメンタルヘルスに有効であることが示されている。
考えるカエル
私は最初、有名な観光地に行こうとしていた。でも考えてみて、山の近くの静かな温泉地にした。正解だったと思う。人が少なくて、歩いて、湯船に浸かって、ただ景色を見ていた。それだけで十分だった。
主治医に一言相談できるなら、した方がいい
「旅行に行っていいですか」と主治医や担当の先生に聞けるなら、聞いておくことをおすすめする。「今の状態ではまだ早い」と言われることもあれば、「転地療養も回復に有効ですよ」と背中を押してもらえることもある。どちらにしても、自分の状態を専門家の目で確認してもらえる機会になる。
絶対にやってはいけないこと3つ
ここが一番大事かもしれない。「基本OKだが、やり方次第で問題になる」というのが正直なところだ。
① SNSに投稿しない
これは絶対に守ってほしい。
休職中に旅先の写真や動画をSNSに投稿し、同僚や取引先に拡散して問題になった事例は、実際に複数存在する。社労士法人の実務報告でも「SNS等から別の従業員に噂が広まり、会社から連絡が入った」という事例が記録されている。
「裏アカなら大丈夫」と思いがちだが、危うい理由がある。あなたの友人が会社関係者とSNS上でつながっていた場合、あなたの投稿やコメントが経由で広がることがある。Facebookなどの「知り合いかも」表示が意図せず本人を露出させることもある。
投稿するとしたら、職場との関係が完全に終わってから。それまでは「撮るだけ、アップしない」を徹底する。
考えるカエル
私はSNSのアプリをスマホからまとめて削除して旅行に行った。最初は少し寂しい感じがしたが、逆に目の前のことに集中できた。「記録しなきゃ」という感覚がなくなると、体験そのものを楽しめる気がした。
② 職場の人に話さない
復職後に「旅行に行ってきました」と話したくなる気持ちはわかる。でも待ってほしい。
あなたが無邪気に話した内容が、誰かの口を経由して「休職中に旅行してたらしいよ」という文脈になることがある。受け取り方は人によって全然違う。回復のための行動であっても、そう伝わらないことがある。
休職中の過ごし方はあなたのプライベートだ。復職後に自分から話す必要はない。
③ 長期・海外旅行は事前に一言確認を
就業規則に「長期外泊は届け出ること」という規定がある会社もある。数日の国内旅行と、数週間の海外旅行では、会社の受け取り方が変わることもある。
長期旅行を考えているなら、人事担当者に「療養の一環で旅行を考えているが、確認することがあるか」と一言聞いておくだけで、トラブルのリスクはかなり下がる。
かつての私は「休職中に旅行なんてけしからん」と思っていた
本当のことを言う。
私がサラリーマンとして普通に働いていた頃、休職している同僚が旅行に行っていると聞いたとき、正直「それはどうなんだ」と思っていた。みんなが忙しく働いているのに、休んでいる人が旅行するのは不公平じゃないかと。その気持ちは、今でも理解できる。
でも自分が休職する立場になって、わかったことがある。
休職中の精神は、思っているよりずっと不安定だ。「早く戻らないといけない」「自分はダメだ」「迷惑をかけている」という考えが、休んでいる間も頭から離れない。家にいると、そのループが静かに続く。産業医の報告でも「上司から定期的に体調確認の連絡が来るたびに緊張状態が戻る」という事例が記録されているように、休職中は「休んでいても休んでいる気がしない」状態になりやすい。
旅行は、そのループを一時的に止めてくれる。
知らない景色を見て、知らないものを食べて、知らない道を歩く。そういう体験の中で「あ、自分はこれが好きだったんだ」「こういうときに気持ちが楽になるんだ」と思う瞬間がある。その瞬間が、少しずつ自分を取り戻させてくれた。
療養中であることは、旅行に行ってはいけない理由にはならない。むしろ療養の一部として旅行が機能することがある。それは医療の世界でも、裁判所の判断でも、認められている考え方だ。
まとめ|旅行はダメじゃない。ただ、マナーは守る。
休職中の旅行について、正直に書いてきた。まとめるとこうなる。
基本的には問題ない。休職中の旅行を禁止する法律は存在しない。弁護士・社労士の見解でも、裁判所の判断でも「懲戒処分の対象にはなりにくい」とされている。転地療養は医学的にも有効とされる考え方であり、研究でも疲労の高い状態にある人ほど効果が出やすいことが示されている。
ただし守るべきことがある。SNSへの投稿、職場の人への発言、長期・海外旅行の事前確認なし——これらはトラブルの種になる可能性がある。
タイミングと体調に正直でいてほしい。急性期に無理に動く必要はない。「行きたい」と少し思えてきたなら、それは回復のサインかもしれない。
考えるカエル
旅から帰ってきて、「また少し前に進める気がする」と思えた。その感覚は、家にいるだけでは手に入らなかったものだと思っている。
つらいときは一人で抱え込まないでください
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・無料)
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この記事が、今休職中で旅行を迷っているあなたの、小さな背中押しになれたらうれしい。
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