知っておいて損はない。仕事を休んでも収入を守る、傷病手当金という制度。

知らないと損する制度・お金の知識 公的制度の紹介

仕事が限界に近いとわかっていた。

でも、辞められなかった。

「辞めたら収入がなくなる。失業保険があるとはいえ、自己都合退職だと給付まで3ヶ月の給付制限期間がある。その間どうやって生きるんだ。だから辞めるわけにはいかない」

そう自分を納得させながら、消耗し続けていた。

転機は友人との何気ない会話だった。「傷病手当金、知ってる?」と聞かれた。私は首を横に振った。

あのとき友人が教えてくれなければ、私はもっと長い時間をかけて自分を壊していたと思う。だから今度は、私が伝える番だと思っている。

この記事は制度の解説書ではない。「知っていれば、もう少し楽に判断できる」という情報を渡すために書く。


これはひとごとではない。数字が示す現実

まず、この制度がなぜ今あなたに関係するのかを数字で示しておく。

厚生労働省が2025年に発表した令和6年労働安全衛生調査によると、過去1年間にメンタルヘルス不調で1ヶ月以上休職した労働者がいた事業所の割合は10.2%に達している。10社に1社では、誰かが心の不調で長期休職している計算だ。

さらに注目すべきは傷病手当金の受給データだ。全国健康保険協会(協会けんぽ)の令和6年度の給付状況によると、傷病手当金の支給件数のうち39.1%が精神疾患を原因としており、件数は7万339件と前年度から約1万件増加した。傷病手当金を受け取っている人の4割近くが、メンタル不調によるものだ。

さらに踏み込んだデータがある。20〜35歳未満に限ると、傷病手当金受給者の50%超が精神疾患を原因としている(出典:全国健康保険協会「現金給付受給者状況調査報告 令和5年度」)。若い世代ほど、この制度はより切実な問題になっている。

考えるカエル

考えるカエル

「クリニックに行くほどじゃない」と思っていたあの頃、私はすでに限界を超えていた。その判断基準自体が、不調のせいでずれていた。


傷病手当金とは何か

一言で言えば、病気やケガで働けなくなったとき、給料の約3分の2を最長1年6ヶ月にわたって受け取れる制度だ。

会社員や公務員など、健康保険に加入している人が対象になる。重要なのは、うつ病・適応障害・パニック障害といった精神的な不調も対象に含まれる点だ。「心の病気は対象外」と思っている人がいるが、そんなことはない。

この制度は国が設けているセーフティネットだが、自分で申請しなければ一円も入ってこない。存在を知らなければ、当然使えない。


「正社員じゃないと使えない」は間違い

意外と知られていないことがある。傷病手当金は正社員だけの制度ではない。

パートやアルバイトでも、勤務先の社会保険(健康保険)に加入していれば、正社員と同じ条件で受け取れる。判断基準は雇用形態ではなく、健康保険の被保険者かどうかだ。

2024年10月からは社会保険の適用が拡大され、従業員51人以上の企業で週20時間以上・月額8.8万円以上の条件を満たすパート・アルバイトも加入対象になった(出典:政府広報オンライン「パート・アルバイトの皆さんへ」)。

ただし以下のケースは対象外になる。

  • 配偶者や家族の扶養に入っており、自分が健康保険の被保険者でない場合
  • 国民健康保険に加入している場合(自営業、フリーランスなど)

自分がどの健康保険に加入しているかは、保険証を見ればわかる。「健康保険被保険者証」と書いてあれば協会けんぽか健保組合の加入者だ。「国民健康保険被保険者証」と書いてあれば対象外になる。


「辞めたら生活できない」という恐怖の正体

失業保険(雇用保険の基本手当)は、自己都合退職の場合、給付開始まで約3ヶ月の給付制限期間がある。だから「辞めたらすぐ収入が途絶える」という感覚は、間違ってはいない。

ただし——病気が理由で休む・辞めるケースは、話が変わる。

傷病手当金は、在職中の休職中でも、条件を満たせば退職後でも受け取れる。しかも最長1年6ヶ月だ。「辞めたら終わり」「働くしかない」という思い込みは、この制度を知らないことで生まれている。知っているだけで、判断の幅が広がる。


この制度、自分が使えるか確認する

自分にその状態が当てはまるかどうか迷っている人は、まずこのサイトの「心と体がつらい」カテゴリを読んでみてほしい。自分に当てはまる症状がないか確認することが、判断の手がかりになる。

傷病手当金を受け取るには、以下の4つの条件をすべて満たす必要がある。

① 業務外の病気・ケガで療養中であること

仕事中や通勤中の事故は労災保険の対象になる。それ以外の——プライベートの体調不良、精神的な不調——が対象だ。

② 働けない状態であること(労務不能)

自己判断ではなく、医師が「この状態では仕事に就けない」と認めることが必要だ。

③ 連続3日以上休んでいること(待期期間)

最初の3日間は「待期期間」と呼ばれ、この間は支給されない。4日目以降から支給が始まる。土日祝日や有給休暇も待期期間に含まれる。

たとえば金曜・土・日と連続して休めば待期が完成し、月曜から支給対象になる。

④ 休業中に給与が支払われていないこと

有給休暇を使っている間は給与が出るため、その日分は支給対象外になる。ただし給与が傷病手当金の日額より少なければ、差額が支給される。


いくらもらえるか。具体的な数字で見る

計算式はシンプルだ。

1日あたりの支給額 = 直近12ヶ月の標準報酬月額の平均 ÷ 30 × 2/3

「標準報酬月額」は実際の月収に近い数字と思えばいい。

【例:月収(額面)約25万円の人が31日間申請した場合】

日額:25万円 ÷ 30 × 2/3 ≒ 5,556円

31日分:5,556円 × 31日 = 約17万2,200円

手取りと比べると少なく感じるかもしれない。ただ「ゼロ」と「17万円」の差は大きい。

最大期間(547日)で受け取ると:5,556円 × 547日 = 約304万円が上限の目安になる。

参考として、令和5年度の協会けんぽのデータでは、精神疾患による傷病手当金の平均支給期間は約218日(約7ヶ月)となっている(出典:全国健康保険協会「現金給付受給者状況調査報告 令和5年度」)。支給開始から数ヶ月で終わるのではなく、長期にわたって受け取り続けているケースが多いことがわかる。


受け取るまでの流れ。私が経験した順番で書く

制度の概要はわかった。では実際にどう動くのか。私が経験した順番でそのまま書く。

STEP 1|クリニックを受診する

まず、メンタルクリニック・心療内科・精神科のいずれかに行く。

私は最初「自分がクリニックに行くほどじゃない」と思っていた。でも実際に行くと、「適応障害」という診断が出た。あのときの話は別記事に書いているので気になった人はそちらも読んでほしい。→適応障害かもしれない。それは弱さじゃなくて、限界のサインだ。

受診のとき、仕事の状況・症状・いつから続いているかを具体的に伝える。言葉にしにくければ、メモに書いて持っていくだけでいい。医師はそれをもとに判断する。

考えるカエル

考えるカエル

「クリニックに行くほどじゃない」と思っていたあの頃、私はすでに限界を超えていた。その判断基準自体が、不調のせいでずれていた。

メンタルクリニックへの初受診については別記事でも詳しく書く予定だ。ためらっている人はそちらも参考にしてほしい。

STEP 2|会社に休職を申し出る

診断が出たら、人事部または上司に休職を申し出る。

伝えることはシンプルでいい。

  • クリニックを受診したこと
  • 医師から「療養が必要」と言われたこと
  • 休職したいこと

謝り続ける必要はない。詳細な症状を説明する義務もない。「診断が出ました。休職をお願いしたいです」——それで十分だ。

私の場合、会社側の反応は丁寧だった。「わかりました。まず休んでください」と言われた瞬間、体の力が抜けた。限界だったので、その一言が本当に助かった。会社によって反応はさまざまだが、まず申し出ることから始めるしかない。

休職中は仕事の連絡をできる限り遮断することをお勧めする。私は会社の業務アプリをスマートフォンから全部削除した。通知が来なくなっただけで、ずいぶん体が楽になった。療養に専念することが、まず最初にやるべきことだ。

STEP 3|申請書を手に入れて、医師から記入してもらう

申請書(正式名:健康保険傷病手当金支給申請書)は、加入している健康保険から入手する。

  • 協会けんぽ加入の場合 → 全国健康保険協会のウェブサイトからダウンロードできる
  • 健康保険組合加入の場合 → 会社の人事・総務担当に確認する

申請書は4枚1組で、3者が分担して記入する。

記入者 内容
自分(被保険者) 基本情報・休業期間・振込口座など
会社(事業主) 出勤状況・給与の有無
医師(療養担当者) 労務不能の証明

ここで私が実際に経験して学んだコツがある。記入は医師から先にしてもらうのがいい。

医師はこの書類の記入に慣れている。医師の記入内容に沿って自分の欄を埋めれば、記入ミスや内容の食い違いが起きにくい。クリニックの受付に「傷病手当金の申請書に記入してほしい」と伝えれば対応してくれる。書き方がわからない場合も、受付スタッフに聞いていい。

STEP 4|申請のタイミングと頻度

傷病手当金は、一度申請すれば自動で振り込まれ続けるわけではない。私も最初ここを勘違いしていた。

申請期間のルール

  • 初回:通院・休業を開始した日から申請できる
  • 2回目以降:前回の申請期間の翌日から、最新の受診日までの期間分を申請する

実務的には、毎月の給与締め日に合わせて1ヶ月ごとに申請するのが一般的だ。

協会けんぽの場合、書類受付から10営業日以内に振り込まれることが多い。ただし初回は2〜3ヶ月かかるケースもある。

考えるカエル

考えるカエル

初めて手当が振り込まれたとき、不安が少し取り除かれた。金額が給与より少なくても、「ゼロではない」という事実が、気持ちをずいぶん楽にしてくれた。


知っておくべき、深い話をする

基本の流れはわかった。ここからは、多くの解説記事が触れていない重要な事実を書く。

「途中で復職して、また悪くなったら?」→ 受け取れる日数が残っていれば再開できる

2022年1月の法改正で、傷病手当金の支給期間の計算方法が変わった。

改正前は「支給開始日から暦で1年6ヶ月」だったため、途中で復職していた期間も消費されていた。

改正後は「実際に受け取った日数の通算で1年6ヶ月」に変わった(出典:厚生労働省「令和4年1月1日から健康保険の傷病手当金の支給期間が通算化されます」)。

つまり3ヶ月受け取って復職し、半年後に同じ病気で再び休職した場合、残り1年3ヶ月分の傷病手当金を受け取れる。この場合、新たな3日間の待期期間も不要だ。

回復しながら復職を試みること、そしてまた不調になることは珍しくない。「一度復職したら権利が消える」という誤解を持ったままでいると、それがプレッシャーになる。知っておいてほしい。

「受給中に1円でも稼いだらアウト?」→ 判断基準は「労働かどうか」

受給期間中に収入を得ることについて、よく誤解されている。整理する。

完全にNGなもの

  • アルバイト・パートなどの肉体労働や接客業
  • 業務委託・フリーランスとしての新規の就労
  • 自営業の継続営業

理由はシンプルだ。「働ける状態にある」と判断されれば、傷病手当金の支給条件(労務不能)を満たさなくなる。金額の大小ではなく、労働の事実があるかどうかが判断基準だ。

原則として問題ないもの

  • 株・投資信託・不動産の収益(自らの労働力を投入していない不労所得)
  • 以前に作ったブログや動画からの広告収益(受給期間中に新たに労力を投入していない場合)

ただし、デイトレードのように一日中作業するスタイルは「それだけ動けるなら仕事ができる」と判断されるリスクがある。判断に迷ったら、保険者(協会けんぽや健康保険組合)に事前に確認するのが正解だ。

不正受給は必ずバレる

傷病手当金を受給しながらアルバイトや副業をして収入を隠すことは、不正受給だ。「手渡しなら大丈夫」「少額なら問題ない」という考えは通じない。

雇用主は従業員に給与を払った場合、市区町村に報告する義務がある。住民税の計算の際に収入の変動が照合される。マイナンバー制度の整備により、所得情報の紐付けはさらに厳格になっている。

不正が発覚した場合の結果はこうなる。

  • 受給した傷病手当金の全額返還(加算金・延滞金が加わる場合あり)
  • 以降の支給停止
  • 悪質と判断された場合、詐欺罪として刑事訴追の可能性
  • 在職中であれば懲戒解雇の可能性

この制度は本当に必要な人のためにある。正しく使ってほしい。


退職後でも受け取れる。ただし絶対に外してはいけない条件がある

結論から言えば、条件を満たせば退職後でも受給できる。

退職後の受給条件は次の通りだ。

  1. 退職日までに健康保険に継続して1年以上加入していること(任意継続・国民健康保険の期間は含まない)
  2. 退職日の前日までに連続3日以上休んでおり、退職日当日も休んでいること
  3. 退職日と同じ病気・ケガで引き続き働けない状態が続いていること
  4. 支給開始日から通算1年6ヶ月の範囲内であること
  5. 退職後も働けない状態が継続していること

これだけは絶対に覚えておいてほしい:退職日に出勤するな。

引き継ぎや荷物の整理のために出社すること自体は問題ない。しかし「出勤扱い」にしてしまうと、それだけで退職後の受給資格が消える。退職日は欠勤または有給扱いにしておくこと。退職前に会社の担当者に必ず確認しておこう。

もうひとつ。引っ越しや転院を退職に合わせてする人は注意が必要だ。新しい病院は初診日以前の「働けなかった」状態を証明できない。医師の証明に1日でも空白が生まれると、その後の受給ができなくなる。転院するなら、退職前・引っ越し前に新しい病院に行っておくことだ。


やってはいけないことを最後にまとめる

① 申請を先延ばしにしすぎない
傷病手当金には時効がある。休業した日の翌日から2年以内に申請しなければ、その日分の権利が消える。「落ち着いてから」とのんびりしすぎると損をする。

② 退職日に出勤しない
前述の通り。これは見落としが多いポイントだ。

③ 受給中に定期的な受診を止めない
傷病手当金を継続して受給するには、医師が継続して「労務不能」と認め続ける必要がある。受診を怠ると、医師が証明できる期間が途切れる。

④ 受給中の収入について自己判断しない
判断に迷ったら、保険者に確認する。それが唯一安全な方法だ。


知識を持つことで、判断が変わる

「まだ大丈夫」「もう少し頑張れる」

そう言い聞かせながら消耗している人に、伝えたいことはひとつだ。

あなたには、休む権利がある。そしてその間、収入を守る手段が存在する。

傷病手当金を知ることで、「辞めたらゼロになる」という恐怖は少し和らぐ。その余裕が、判断の幅を広げる。

知識を持つだけでいい。今すぐ動く必要はない。

ただ、もし体や心に不調のサインが出ているなら——この制度を、頭の片隅に置いておいてほしい。


参考資料:病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)|全国健康保険協会 / 令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」|厚生労働省 / 現金給付受給者状況調査報告 令和5年度|全国健康保険協会

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